> スネ雷小説アーセナル以降改変2

■ Re-Birth (2) ■

 

 

 

 放出を終えたソリダスは満足そうに大きく息をつくと、まるで使い捨ての道具のように、俺の身体を分厚いガラスで隔てられた隣室の床に抛り出した。その衝撃で、放心状態から現実へと引き戻される。愉快そうに笑いながら、ソリダスは側面のハッチを指差した。

「ジャック、ひとつゲームをしよう。お前の拘束は解いてやる。そちらの部屋のロックも、開けておいてやろう」

「……っ…?」

「だがお前達の首枷には、センサーが付いている。お前がその部屋を出れば、スネークの首が吹き飛ぶ。そして奴が逃げれば、お前の首には致死量の毒が注入される。どちらかが死んだ時も同じだ─── 一人だけ生き残るか、それとも二人一緒に死ぬか。せめてもの情けだ。好きにするが良い」

 それだけ言うと、軽くオセロットに向き直り、命令を下す。

「休憩中の者から順に、二人ずつ来させろ。『慰安婦を使わせてやる』とな。何をしても構わんが、残るような傷は付けるな。それと───どちらの口でもいいが、必ず『中』に出させろ。自分の立場を、よく思い出せるようにな」

 スネーク達のいる部屋との間の隔壁が、微かな音を立てて閉じられていく。スピーカーを通じて、奴の勝ち誇ったような声が響いた。

「ブリッジの私の所まで来れば、私の部下として、ペットとして生かしておいてやろう。思い出せ、ジャック――――昔のお前なら、生き残るために他人を犠牲にすることなど、何とも思わなかった筈だ。私がそう、教えたのだからな」

 そう言いながら、ソリダスは高笑いを残して去って行った。オセロットが命令を伝えているのだろう、無線を使いながらいやらしい笑いを浮かべている。

 ────ああ。そうだ。昔の俺なら、いや、代償がスネークの命でなければ今でも、「すまない」と言いながら俺は、相手の喉をかき斬っているのだろう。仕方が無かったんだと、自分に言い訳をしながら。だが─────。

 俺は暗い覚悟を決めて、スネークにSENDした。

『スネーク――――俺が時間を稼いでいる間に、何とかして逃げてくれ……』

 俺の言葉に驚いたスネークが、語気を荒げる。

『…!? 馬鹿な───何を言ってる、お前が行くんだ! お前なら、後で奴らの隙を見て逃げることも、奴らを倒すことも出来る筈だ。俺の事は気にするな』

『ダメだ。アンタは───伝説の英雄だ。死なせるわけにはいかない。でも、俺は───切り裂きジャック───封印された歴史の汚穢。生きてたって、人を殺すしか能がない。どっちが生き残るべきか、考えるまでもない……』

『っ、雷電! ───落ち着いて考えてみろ。こっちは警備も拘束も完璧で逃げようがないんだ。だがお前は、すぐにでもそこを出られるだろう? それこそ、考えるまでもないだろうが。いいか、先延ばしにしたって、共倒れになるだけなんだぞ?』

 彼が必死に、説得しようとしてくれているのが判る。俺なんかの為に、自分が犠牲になってもいいとまで、言ってくれている。俺なんかの為に。

『俺、は────頭、悪いから、どうすればアンタを助けられるかなんて、判らない……だが、アンタならそのうちきっと、何とか出来る筈だ』

『何とか出来るなら、とっくにそうしてる! いいから行くんだ、雷電!』

『アンタが―――伝説の英雄が、『死ぬな』って言ってくれた―――それだけで俺は、笑って死ねる………』

『雷電、人の話を聞け!』

 俺は無言のまま、無線のスイッチをOFFにした。

 

 

 

 『人形』になれば良い────。

 何度目に捻じ込まれたときかも判らないが、俺は子供の頃のことを思い出していた。日常的に繰り返される性的虐待の中で俺が身に付けた対処法のひとつが、「人形になること」だった。どうせ泣こうが喚こうが、相手を興奮させ悦ばせるだけで何の役にも立たない。

 戦闘前や作戦中で気の立っている連中は、放って置いても勝手に俺の身体を使って果ててくれる。全身の力を抜き、木偶人形になっていれば良い。そうすれば体力もあまり消耗せず、精神的なダメージも少なかった。

 時間的にも精神的にも余裕のある、戦闘終了後に輪姦される方が厄介だった。高揚した男達がアレをしろ、コレをやれと次々言ってくるので、人形になっていられない。

 そんな時には仕方なく、俺は「機械」になった。どの男がどこをどうされるのが好きかを覚え、迅速に実行した。「機械」は「人形」よりエネルギーを使うので、効率的に処理してさっさと終わらせたかった。自分の身は自分で守るしかないのだから、消耗は最小限に抑える必要があった。

 就寝前に度々ソリダスに呼び出されるのが一番の苦痛だった。子供には思いもつかない色々な事を要求され、上手く出来なければ「仕置き」として拷問された。朝まで眠れない事も多かった。ソリダスは指揮官だから命令を出した後は昼寝でもしていたのかもしれないが、俺はフラフラのまま、いつも最前線へと投入された───。

 確か初めは、十一か十二だった。部隊ではソリダスが着任してからは、犯して良いのは男なら精通があってから、女なら初潮が来てからと決められていた。別に人道的な意味などなく、身体が小さ過ぎると会陰部が裂けて、殆ど使い物にならなくなるか、死ぬかだったからだ。そうなればまた、補充しなければならない。違反した者は容赦なく男根を切り落とされ、女の代わりにされた。

 少年兵は始めて射精した時には、医務官に報告する決まりがあった。そうすれば自分も犯される立場にもなるのだが、優先順位は低いものの、女をあてがって貰えるようになる。殆どが俺たち同様に攫われて来た少女たちで、逃げ出さないように手足を切り落とされたり、両目を潰されたりしてはいたが、女は女だった。

 俺が初めて夢精した事を報告に行くと、医務官は憐れむような蔑むような、妙な顔で笑った。恐らく前々からソリダスに報告するように言われていたのだろう。それまではソリダスが娼婦と犯っている所を見せられながら、手や口で奉仕させられ尻を拡張されるくらいだったが、その日のうちに、俺は初めて奴に犯された。

 ソリダスに戦闘訓練を受けていた少年兵は他にも何人もいたが、奴に性的な捌け口にされたのは俺だけだった。それからは昼も夜も、地獄のような日々が始まった────。

 すべての回路を遮断して記憶を反芻している耳に、時折、スネークからのCALLが遠くで聞こえる。応える気はなかった。彼の声を聞きたいとも思ったが、そんな事をしたら正気に戻ってしまうのが判っていたから、俺はそれを無視し続けた。

 自分ではひたすら「人形」になったつもりでいたが、それでも相手が多すぎる。自分で動かなくても、ダメージを完全にゼロに出来るわけじゃない。徐々に体力が削られ、疲労が蓄積していく。頭の中に濃い霧がたちこめてくる。

 あの後ソリダスはもう姿を見せなかったが、オセロットは時折やって来ては薄笑いを浮かべながら俺達を観察していた。恐らく拷問を長引かせるために、消耗の度合いを見ているのだろう。

「───ふん、健気なものだ。あれではボスが面白くないのも無理はない。そうは思わんか? スネーク」

 憮然として答えないスネークを気にする風もなく、隔壁を開けてこちらにやって来る。奴は膝を着いて、倒れたまま動けない俺の顔を覗き込んだ。

「ずいぶん衰弱してきたようだな、小僧。どうだ、注射でもしてやろうか? 栄養剤と催淫剤をミックスしたものだ。更にみっともない姿をスネークに晒すことになるが、気絶してしまっては奴の為に時間を稼ぐことも出来んだろう? ん? 言っておくがお前が気を失えば、その間はスネークに我々の相手をしてもらうことになるぞ――――私としては、その方が望ましいがな」

 あざ笑うオセロットの手にはあの長大な針が、鈍く光を放っている。

 そ、うだ――――時間を……稼がなきゃ……。

 ぐったりと身体を投げ出したまま、俺は微かに頷いた。

 

 

 

 拘束は解かれたものの、誰かの持ってきた娼婦のような真っ赤なキャミソールとガーターストッキングを着せられ、「イッちまうと締りが悪くなる」と先端にローターの仕込まれたペニスバンドで萎えることも達することも禁じられて。バンドに繋がれたクリップに乳首を千切れるほどに引き伸ばされて。弱々しく啼き、喘ぎ、呻く姿は、そんな趣味のない、女性との陽性の交わりにしか興味のない自分でさえ、息を呑むような凄艶さだった。

 男臭い自分なら、嬲りたいなどと思う奴はかなり限られているのだろうが。女性と見紛うほど中性的で容貌の整った雷電なら、そのケの無い奴でも犯したくなるに違いない。ましてや戦闘の高揚で、連中は皆、理性のタガが外れている。

 もう既に、何人目だろう。一人当たりの時間は、大したことはない。早い奴は数分ももたずに、後始末を終えて次の者を呼びに行く。入れ替わり立ち代りやってくる男達に、雷電は休む間もなく犯され続けていた。何度SENDしても、応えようとしない。ぼんやりと虚空を見つめながら、されるがままに玩具にされていた。

 もう、先程までのような嬌声は聞こえなかった。全力疾走の後のような、激しい呼吸音しか。荒々しく捻じ込まれても、苦痛にも快楽にも反応するだけの体力さえ、なくなってしまったようだった。

「は、ぁ…っ…は……ふぅ…ぅ…」

「このガキ、アンタを助けるためにこんな目に逢ってるんだって? もう抱いてやったのか? ええ、スネークさんよ?」

 男は下卑た笑いを浮かべながら、見せ付けるように腰を使った。今の俺には、無言で睨み付けるぐらいしか出来る事がない。

「ほら、スネークにこんな風にして欲しかったんだろう」

「…あ、う……ス、ネーク……?」

 何も映していない瞳に、少しだけ光が戻る。投げ出されたままだった白い腕が、自らを犯す男の背中に回された。その光景に訳の判らない怒りが込み上げる。噛み締めた奥歯が、ギシギシと鳴った。

「…あ…スネー…ク……スネーク…あぁ…ん…っ…」

「へぇ。こいつ、俺をアンタだと思ってるぜ? 急に締め付けてきやがった」

 嬉々として腰を振る男を、更に強く睨み付ける。視線で人を殺せればいいのに。そんな馬鹿なことを一瞬本気で考えた。

 いっそ気を失ってくれれば良い、と願う。

 そうすれば自分が拷問されている間だけでも、雷電を休ませてやることが出来る。でかい針で穴だらけになろうが、電撃で黒焦げになろうが構わない。これ以上は見ていられなかった。

 だが、度重なる陵辱と薬物の投与で朦朧としながらも、雷電はギリギリのところで意識を保ち続けていた。どうしてそこまで、と問い詰めたくなる程に。

『───スネーク、聴こえる? 僕だよ』

 突然、通信が入る。オタコンからだ。ヘリの操縦中はヘリが捕捉されないようジャミングをかけていたので、まったく連絡がつかなかったのだが。

『…っオタコンか? こっちは───最悪だ。手筈が狂って、二人とも捕まってる。首輪爆弾まで着けられてな』

『今、何とか人質を降ろしたところなんだけど――――差出人不明のメールが来た。どうもG.W.のセキュリティシステムの概要のコピーらしい。これと君に付けてもらった端末があれば、G.W.にハッキング出来るかもしれない』

 ここに乗り込んだ際に、プラントとアーセナルの連結用のコントロールルームのノードに、オタコンに渡された機械を取り付けたのを思い出す。一見ただの温湿度計とスピーカーに見えるそれが、こんなところで役に立つとは。

『潜り込むのは時間が掛かるだろうけど、ワームクラスターで一時混乱させるだけなら、短時間でも出来るかも』

『本当か!? すぐに頼む! 俺はともかく雷電の奴は───もう、もちそうにない……』

 見るからに、雷電の体力は限界に来ていた。反応が鈍くなって注射を打たれる間隔が、どんどん短くなっているのだ。それすら段々と、効かなくなってきているのが判る。

『!? 拷問?』

『――――ああ。酷い状態だ』

『判った。すぐ取り掛かるよ』

『頼む! 急いでくれ!』

 通信を終えてジリジリしながら待っているとしばらくして一瞬、照明が明滅した。余程気を付けていないと自分の目瞬きと区別がつかない位の。あちこちで静かに、何かが再起動する機械的な唸りがし始める。オタコンのワームが効き始めたようだった。リセットされたのだろう、手足を大の字に引き伸ばしていた拘束具が音もなく開く。

 見張りは二人とも、先に一発抜いておいて本番を長く楽しもうとでも思っているのだろう、ガラス越しに見える雷電の犯されている様を覗きながらの手淫に夢中だった。こちらの異変には気づいていないようだ。俺は自分の左肩に打ち込まれた針を、痛みを堪えて静かに引き抜いた。オセロットの言った通り、一度焼かれているせいか出血は少なく、あっさりと引き抜くことができた。

 後ろからそっと見張りの一人に近づき左手でその口を抑え、右手に持った針を「盆の窪」に思い切り差し込む。一瞬の痙攣の後、そいつは動かなくなった。気付いて慌ててP90を構え直すもう一人も、すかさず首を串刺しにして倒す。銃を奪い一旦しゃがんで、ガラスの下の壁に身を隠し、様子を伺った。向こうの連中は誰も、こちらの異変に気づいていないようだ。

 雷電はこの部屋から隣に移動させられたのだから、この隔壁には首輪のセンサーはない筈だ。オセロットが押していた番号を思い出して隔壁を開け、四つん這いにさせた雷電を前後から犯していた二人も即座に撃ち殺した。奴らがしていたことを思うと、性器を丸出しにしたままカエルのように絶命する惨めな姿に、いつもは僅かながら感じる罪悪感も沸いてこなかった。

 耳を済ましてもう一度外部の様子を確かめ、右腿に刺さったままだった針も引き抜く。ドアに銃口を向けつつ、俺は床に突っ伏したまま動かない雷電の方へといざり寄った。

 彼は自分を辱めていた者達がいなくなったことにすら、まだ気付いていないようだ。汗と精液に塗れ桜色に染まった肢体をぐったりと投げ出し、熱に浮かされたような不自然な呼吸を繰り返すばかりだった。

「おい!! 雷電、しっかりしろ!」

 肩を揺さぶり、頬を何度かはたくと、ようやく焦点の合わない瞳をこちらへ向ける。

「ス、ネーク───? ……良、かった───出られたん、だ───」

「っ、どうして俺の言う通りにしなかった? 言う通りにしていれば、お前はこんな目に会わなかった筈だ! なぜ逃げなかった!?」

「俺は―――誰かを犠牲にして生きるのは、もう沢山だ……俺には、アンタは殺せなかった――――それだけだ。俺が、勝手にしたことだ。何もアンタが、気にすることはない……」

 そうして、力無く笑う。その笑顔の無垢さに驚きを隠せない。出会ってからの僅かな時間に垣間見えただけでも、雷電の過去は彼を歪めてしまうのに充分なはずだった。それなのに、この純真さはどうだろう。

 虐待を受けた子供は他者に怒りを向けるようになるのが殆どだ。中には自分に非があると思い込み、己を罰し続ける子もあるというが。雷電はどちらでもなかった。誰を恨むことも無く、たった一人で血の涙を流し続けてきたように見えた。

 唐突に、彼を抱きしめたい衝動に駆られる。そんな感情は初めてで、俺は自分自身に戸惑った。

「───彼は無事!?」

 突然の侵入者に現実へと引き戻される。

 オルガだった。手筈が狂って、彼女もかなり焦っているようだ。子供を人質に捕られていては無理もない。室内の様子を一瞥しただけで先程までここで何が行われていたかを察したらしく、「下衆め……」と小さく舌打ちする。

 俺は自分の背中でオルガの目から隠すようにして、乳首のクリップとそれに繋がれたペニスバンドをそっと外してやった。雷電が眼を閉じたまま、低く呻く。白い肌には器具でついた擦り傷と鬱血の跡が、くっきりと残っていた。欲望を満たそうと男共が腰を使い体を揺さぶられる度に、かなりの痛みがあった筈だ。他にも身体中に、平手打ちの痕や血の滲んだ歯形まで、あちこちに残っていた。沸々とまた、怒りが湧いてくる。

 緋色のベビードールとストッキングを引き千切り、口許や股間にこびりついた精液をそれらで手早く拭い去った。クリップやペニスバンドと一緒に部屋の隅の机の後ろに投げ捨てる。それから傍らに転がっている死体から衣服を剥ぎ取り、急いで雷電に着せてやった。脳漿だの何だので血塗れだが、あんなもんよりは数段マシだ。編み上げ式の軍靴は、さすがに脱ぎ履きに時間が掛かり過ぎるのでここで履かせるのは諦め、自分の肩にぶらさげておく。

「スネーク? どうなの、彼?」

「―――ああ。今のところ命に別状はなさそうだが―――とにかく薬が抜けるまで、しばらく休ませないと動けそうもない。どこか良い場所はないか?」

「それなら───長期保存用の食料庫なら、今のところ用はない筈。当座の食料は、さっき搬入したから」

 オルガの簡潔な説明を聞いて一番近い非常用食料庫までの道順を頭の中に叩き込みながら、電撃で強張った全身をほぐす。灼かれた左肩と右腿が引き攣るような痛みを訴えていたが、いつまでもここでグズグズしてはいられない。

 出血も殆ど無いし、大きな筋肉や神経も無事らしい。さすがに『拷問のスペシャリスト』を名乗るだけはあるのだろう。目的は『殺さずに苦悶を長引かせる為』だとしても、全身を焼き貫かれるような激痛だった割には、物理ダメージは少なかったようだ。オセロットでなければ、かなりの後遺障害が残ったかもしれない。

 問題は首輪爆弾だ。ソリダスは「部屋を出たら」と言っていた。つまりはドアにセンサーがあるのかもしれないが、それらしいものが見当たらなかった。ドアごと爆破しても、その際に爆弾のスイッチがONにならないとも限らない。ダクトからなら脱出できるかもしれないが、自分も今の状態では匍匐移動は困難だし、それでは動けない雷電をとても連れて行けない。

 さて、どうしたものか――――――。

 俺の思考の中からは『雷電を見捨てて行く』という選択肢は、既にすっぽりと抜け落ちていた。

『スネーク? 僕だよ。状況は?』

『ああ、助かった。おかげで何とか拘束は取れて見張りは倒したが───首輪爆弾がな。オルガも解除コードまでは知らないらしい』

『うん、多分それらしきものを見つけたよ。G.W.とは別系統の小さなネットワークだから、すぐに入り込めた。えっと『GU0E0』か。これって───フザケてるよね、32進数で17760704なんて』

『17760704?───独立記念日か。確かにフザケてるな』

 もしコードがハズレでも雷電だけは助かるようにと、先程まで居た拘束台の後ろまで行き、割れたガラスを鏡代わりに、首輪に付けられた小さなキーボードを叩いた。微かな電子音がして、頑丈な金属の輪があっけなく外れる。解除コードは本物のようだ。すぐに雷電の分も外してやると、少しだけ呼吸が楽になったようだった。

 しかし雷電の体は骨が無くなってしまったかのようにぐにゃぐにゃとして、四肢が殆どまともに動かない。さっきの注射の中に、そういう成分も入っていたのだろう。それで「ブリッジまで来い」とは、よく言えたものだ。

 もしかしたら薬物は、オセロットの独断かもしれない。奴は何故か、俺を拷問するのが楽しくてたまらないらしい。もし雷電が逃げて俺が死んでしまっては、つまらないとでも思ったのだろう。

「……アンタだけでも、早く逃げてくれ。足手纏いになりたくない───」

「馬鹿を言うな。さあ、しっかりしろ」

 雷電の身体を無事な右肩に担ぎ上げ、オルガに続いて部屋を出る。彼女は「何とかこの混乱に乗じて、貴方達の装備を取り返す」と言って足早に去って行った。オタコンからまたCALLが入る。

『どうやらアーセナルはN.Y.に向かうつもりらしい』

『時間稼ぎの方はどうだ?』

『君に取り付けてもらった端末と、例のセキュリティの概要のおかげで、何とかね。そこのセキュリティは、良く出来てる。アレがなかったら僕でも厳しかったよ。GPSの座標と駆動系のパラメータは、グチャグチャの筈だ。他にも色々試してはみるけど───でも、いつまでもつかは、判らないよ』

「急ぐに越したことは無い、か」

 俺は雷電の体を担ぎ直した。それはプラントで闘っていた姿からは想像出来ないほどに軽くて、何故かまた胸がずきりと痛んだ。

 

 

 

 

 MAPがないからソリトンレーダーも使えず、自分の目で確認しながら慎重に進むしかない。俺達の脱獄も、そろそろ発覚している筈だ。食料庫までまだ、半分ほどしか来ていない。ぐったりと身を任せていた雷電が、肩口で小さな声で俺を呼んだ。

「…………スネーク……」

「何だ?」

「……トイレに―――」

「―――判った」

 普段の俺なら、『甘ったれるな』とか『その辺で適当に済ませろ』と言うところだが―――先程までの事を考えれば無理もない。少し回り道をして、連れて行ってやる。

 気分が悪いと言うので洗面台の前で脇を抱えて支えてやると、雷電は金属製の台に突っ伏すようにして激しく嘔吐した。吐寫物の殆どが白濁―――嚥下させられた精液だった。吐くものが無くなって胃液に血が混じり始めても、雷電は苦しそうに何度も何度も嘔吐いた。

「……さあ―――もう、やめておけ」

 掌で水を掬って二、三度口の中を濯がせると、吐き気は少し、治まったようだった。

 濡れた口許を拭いてやっていると、雷電の視線が困ったように、俺と、便座のある個室のドアとをちらちらと彷徨い始める。

 ―――――そうか。だからトイレか。

 口よりも下…の方が、飲み込まされている回数は多そうだった。二回や三回ならともかく、あれだけ入れられては――――。

「…………」

 どう声を掛けて良いか判らない。俺は無言のまま、壁に凭れて壊れた人形のように座り込んでいる雷電を抱き上げて、個室へ連れて行った。ズボンを膝まで下ろして便座に座らせ、自分はその間、出入り口で周囲を警戒していようと思ったのだが。

 手足に力の入らない雷電は俺が手を離すとすぐに、くにゃりと床に崩れ落ちそうになる。俺は床に片膝をついて奴の上半身を抱き留め、体重を支えて促した。

「……ほら」

「そ、んな……平気だから、一人に……」

「無理なんだろうが? 良いから、早くしろ」

「でも……」

「グズグズしてると、二人ともお陀仏だぞ?」

 半ば脅すように諭すと、雷電は頬を染め、眉を顰めて、唇を噛んで俯いた。

「……………判った……」

 漸く覚悟を決めたらしい雷電が少し息むと数瞬遅れて、粘着質の小さな水音が聞こえた。それは間欠泉のようにしばらく続いて、やがて静かになった。

「――――もう、良いか?」

「………多分…」

 俯いたままの上半身を肩で支え、ペーパーを巻き取って後始末を済ませる。こちらもやはり、殆どが流し込まれた精液だった。一体何人分か―――考えるだけで、こちらまで吐き気がしそうだ。

 無言のまま衣類を整えてやっていると、突然堰を切ったように雷電が声を上げて泣き始めた。

「…もう…嫌だ……なんで……なんで、よりによって、アンタなんだ……!」

 アンタには、アンタにだけは、見られたくなかった。知られたくなかった。

 そう慟哭するのに慰める言葉も無くて。実際に受けた陵辱よりも、それを俺に見られたことの方が、余程ショックだったらしい。それはつまり───小さい頃から何度も、あんな経験をしてきたのか。「立場を思い出せ」とソリダスが言っていたのは、そういう事だろう。

 俺はただただ雷電の震える身体を抱きしめ、プラチナブロンドの柔らかな髪を撫で続けた。何も言えなかった。狭い空間に、嗚咽だけが響く。

「…………すまない……また、みっともない真似を―――」

 暫くしてようやく少し気持ちが落ち着いたのか、雷電は小さな声で謝罪した。

「────いや。俺は……何も見てない。聞いてない。だから、謝る必要はない────さあ、行くぞ」

 頬に残る涙の筋を拭き取ってやる。精神状態に関係なく、雷電のモノは硬く勃ち上がったままだった。手足の弛緩と同じで、まだ薬の効果が切れていないのだろう。何とかしてやりたいが、いい加減にここから移動しなければ不味い。あまり使われていないエリアのようだが、トイレなんて一番、人の出入りの多いところの一つだ。これ以上、長居は出来ない。

 俺はまた右肩に雷電を担ぎ、左手にP90を構えて、食料庫への道を急いだ。

 

 

Re-Birth(3に続く)

 

 

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