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■ Re-Birth (5) ■
「スネェーーーク!! 出てきなさい!」
背後から突然、怨念のような女の声が聞こえてきた。フォーチュンだ。一つか二つ、前の部屋からのもののようだ。敵兵の遺体が挟まって、通ってきた隔壁はどれも、開きっぱなしになっている。
「まずい───!」
あの女には今、勝てる気がしなかった。何しろ銃器が効かないのだから、倒す方法が判らない。軍靴の音と怒り狂った女の声が、着々と近づいてくる。スネークが顎をしゃくって、壁の梯子を指した。
「どうやらご指名は俺のようだ。お前は先に行け」
促されてのろのろと梯子を数段上ったものの、俺は不安に駆られて彼を振り返った。
「───どうする? あの女には弾が当たらないぞ?」
スネークは俺を守るように銃を背後に向けて構えたまま、俺にか、自分にか、言い聞かせるように応えた。
「何とかなる。この世に、魔女などいない」
そうは言っても、彼は実際、彼女の手で捕らえられた筈だ。一体どうしようと言うのか? 後ろ髪引かれる思いで、俺は梯子の段をもうひとつ上がった。
「………火薬……?」
その時ずっと引っ掛かっていた何かが頭に閃いて、俺は急いでスネークの傍らに飛び降りた。
「どうした?」
「彼女の能力は何か───火薬に関係するんじゃないか? 銃はもちろんグレネードも不発だったが、敵兵がぶつかった時には、確かによろめいていた」
「ぶつかった?」
撤収しようとして彼女にぶつかった敵兵が、ヒステリックに怒鳴り付けられていたのを思い出す。
「ああ。銃はダメでも、逆にもっと原始的な攻撃───拳や刃物でなら、倒せるのかもしれない」
俺はオルガから託された、電磁ブレードに目をやった。これなら火薬は必要ない。
「レールガンは厄介だぞ。一発食らったら終わりだ」
「判ってる。だが連射は利かないし、照準もかなり甘いようだ。一発目さえかわせれば、勝機はある」
「────なるほど。お前の方が、勝算が有りそうだな」
少し考えて頷いたスネークは、構えていた銃を下ろし、梯子を登り始めた。上階へのハッチに手を掛けたところで、心配そうに振り返る。
「────だが、無理はするなよ。俺がソリダスとオセロットを倒す。そうなればオルガは、部下達を連れて撤収する筈だ。フォーチュンは確かに危険だが、彼女一人でアーセナルを動かすことは出来まい。足止めだけで充分だ」
「………ああ。判った」
頷いたものの、俺はたとえ刺し違えてでも、彼女を倒すつもりだった。スネークはさっき、彼女に捕まったと聞いた。強さ弱さの問題ではなく、相性が悪すぎるのだ。全滅したSEALSと殆ど同じ彼の兵装では、恐らくあの女には効かない。
それに、スネークは誤解だと言っていたが、彼女は彼に個人的な恨みを持っている。アーセナルを止めたところで、あの女が復讐を諦めるとは思えない。ソリダスやオセロットといった抑制が無くなれば逆に、死に物狂いでスネークを殺そうとするかもしれない。彼にとってはある意味、一番危険な女だ。
─────だから、俺が倒す。この命に代えても。
俺は右手の電磁ブレードを握り直し、いまだ姿の見えない敵を睨み付けた。
「────またお前なの? スネークは何処!?」
フォーチュンはあからさまにイラついた表情で詰問してきた。せっかく捕まえたスネークに逃げられて、よほど頭に来ているのだろう。更に怒らせて冷静さを失わせ、照準の正確さを低下させた方が有利だ。
「スネークは忙しい。お前の『悲劇のヒロインごっこ』に、構っている暇など無い」
「……悲劇のヒロイン…『ごっこ』ですって…! ───そう、いいわ。お前を殺してから、改めて彼に、アポを取ることにするわ」
フォーチュンがレールガンを構える。この部屋には殆ど、遮蔽物が無い。せめて一つ前の部屋に戻らなければ、ブレードの間合いに入るまでレールガンをかわし続けるのは難しい。俺はジリジリと壁際を移動しながら、挑発を続けた。
「やれるものなら、やってみろ! お前にスネークは殺させない!」
「アイツは不幸の元凶! アイツが父を殺してから、私達の不幸が始まった!」
「───不幸だと? 笑わせるな! 家族のいない人間が、この世にどれだけいると思っている! お前はそれまでが、幸福過ぎただけだ!」
そう、俺も含めて、家族も無く、殺戮と虐待、飢餓と絶望の日々を過ごしている人間が、この世界にどれほどいることか。フォーチュン程度の不幸が『強運』の源なら、俺たちはとっくに『神』にすらなれている。彼女の能力には何か、カラクリがある筈だ。
「…っ大体、スネークはお前の父親を殺してなどいない!」
「───戯言を!」
「マスコミが、世論がアテにならないものだということは、旦那の一件でお前も良く知っている筈だ! なぜスネークが犯人だと言い切れる!」
「…っうるさい!」
とうとう放たれた一発目を、横っ飛びにローリングして何とか避ける。破壊された壁の破片が頬を掠めたが、俺は気にせず壁際を移動しながら更に言い募った。
「RAYは海兵隊独自の極秘プロジェクトだった。なのに何故、公表されたスネークの写真が陸軍のサイファーが撮ったものなのか、お前は考えたことがあるのか!?」
俺は事件当初から疑問に思っていたことを彼女にぶつけた。スネークが、命懸けで世界を救ってきた『伝説の英雄』が、テロなど起こす筈が無い。どれだけ軍やマスコミが『証拠』を並べ立てても、パズルのピースが噛み合っていないような妙な違和感があった。
「お前は真実を知りたくないのか? 復讐の前に、相手をちゃんと見極めろ!」
「…っ…黙りなさい!」
二発目を飛び退って避けながら、俺は隣の部屋のコンテナの陰に飛び込んだ。
───焦るな。もう少し。ブレードの間合いまで、もう少しだ。
遠くで微かに、地響きと爆発音がしている。きっとスネークがRAYと戦っているのだ。早く彼の元に駆けつけたくて逸る気持ちを、何とか抑える。チャンスは多分、一度きり。一撃で決めなくてはならない。
激しい動きに上がりかける呼吸を必死に抑えて、上半分が吹き飛んだコンテナの陰で気配を殺す。プラントで戦った時には畏怖すら感じたが、落ち着いて観察してみると、動きや狙いはまるで素人だ。確かに彼女の『運』とレールガンは脅威だが、殺れないことは無い筈だ。
―――そう、彼の言う通り、この世に魔女などいないのだから。
「偉そうに言っておいて、逃げ回るのが精一杯? 早く私を殺しなさい!」
───言われなくても、殺ってやる。
歯を食い縛り息を殺して、ブレードを握り直しチャンスを待つ。フォーチュンが一歩踏み出し、見当違いの方向へレールガンを発射した瞬間、飛び出してその勢いのまま斬り上げた。本来なら切っ先は、彼女の右の腰から左の肩を逆袈裟斬りに切り裂いている筈だった。
驚愕の表情を浮かべた彼女にブレードが当たる寸前、空間が歪むような、突然に重力が掛かるような、妙な違和感を感じた。物理法則に反して切っ先が逸れていく。火薬に反応するわけではないらしい。
安堵と落胆の入り混じった彼女の表情に、カッと頭に血が上った。
――――それなら。
払われる勢いのまま、狙いをレールガンの肩紐に変える。元々は個人用の携行装備ではないこんな重いもの、腕力だけで振り回せる訳が無い。肩と腰で支えて、やっとの筈だ。ましてや女の腕では。
先程感じた違和感はまだ存在するが、彼女自身ほどではない。俺は勝手に変えられていく軌道を強引に修正しながら、返す刀で彼女から一番離れた場所、レールガンの先端に近いジョイントの近くで、肩紐を切り落とした。
「な…っ!?」
急激な重みに耐え切れず、引き鉄を握った彼女の腕からレールガンが落ちていく。俺は着地と同時にすかさずバック転して彼女の背後に回り、その首を絞め上げた。ヴァンプと肉体関係にあるとすれば、生身の人間なら触れる道理だ。
「……バ…カな………」
「お前は死ねないんじゃない。攻撃が当たらないというだけだ。どうせ自殺未遂だって、銃で楽に死のうとしたんだろう?」
「…わ、たし……死ね、るの……?」
「ああ。今、送ってやる」
「…死ね、る……」
フォーチュンは抵抗を止め、うっとりと目を閉じた。VRはともかく、素手で人を殺すのは初めてかもしれない。子供の力で大人の首をへし折るのは難しいから、大抵はワイヤーで絞めるか、ナイフで切り裂くかだった。
引き絞る腕に更に力を込め舌骨を折ろうとした瞬間、激しい地響きが起こった。このアーセナルに何かが起きている───それは直感的に判った。スネークの言った通り、外部からの攻撃なのかエマのワームが効き始めたのか───とにかく事態が変わろうとしているのだ。
───早く、状況を掴まなくては。ともあれスネークと合流するのが先決だ。
俺はフォーチュンに既に戦意がないのを見て取って、彼女の首を締め上げていた腕を放した。ブレードを背中の鞘に収め、格納庫に繋がる部屋へ急ごうとすると、咳き込んでいたフォーチュンが解放された首をさすりながら俺を呼び止める。
「……待って! 私を殺してくれるんじゃないの?」
「―――死に方は教えてやっただろう? 首を吊るなり、毒を飲むなり、好きにしろ―――真実を知るより、死ぬ方が良いと言うんならな。お前に構っている暇はないんだ。早くスネークの所に行かないと」
「―――どうすれば、真実が判ると言うの? 父の敵が……?」
「さあな―――まずはオセロットとスネークに、話を聞いたらどうだ? 二人とも、その場にいた筈だ」
「何ですって? オセロットが?」
オセロットが現場にいたことを彼女は知らなかったらしい。俺は多少イラつきながら、ここまでの道すがら聞いた話をフォーチュンに伝えた。
「スネークは、そう言っていた。オセロットが司令官とGRUの大佐を殺し、タンカーを爆破し、RAYを強奪した、と」
「―――それを私に、信じろと言うの?」
「いや。信じろとは言わない。自分で確かめろと言っている」
結局フォーチュンは俺の言葉通り、自分で確かめることにしたらしい。一緒に行くと言うのでレールガンはその場に残させ、俺は彼女がおかしな真似をしたらいつでも斬れるようにブレードの間合いに入れて、フォーチュンを先に歩かせた。背中を向けたまま、彼女は突然、口を開いた。
「───あなたは何故、戦っているの?」
「……ここに来るまでは、軍務だったからだ。俺は戦うことしか出来ない人間だ。子供の頃から……」
「子供の頃から?」
フォーチュンが怪訝そうに振り返る。俺は顎をしゃくって、先を促しながら答えた。
「───お前の言った通りだ。俺は……地獄を見たことがある。俺は───リベリアで生まれ育った。5歳……いや、もっと幼かったかもしれない。ある日、内戦が起きた。身内や知り合いに敵側の人間がいたというだけで、あるいは一切れのパン、一欠片のジャガイモのために、殺しあう世界だ。何とか国外へ逃れようとした両親は殺された。俺の目の前で」
両親の顔すら思い出せないが、誰かが俺を庇ってくれたことだけは覚えている。あれは父親だったのか、母親だったのか? 気付いた時には覆い被さった身体からとめどなく溢れる赤い血が目に入って、世界が赤く染まっていた。
「大人は皆、殺された。生き残った子供達も、銃を持って戦わない者は、みんな殺された。そして俺は───チャイルド・ソルジャーになった。その時から奴に、ソリダスに、殺人鬼として育てられた。10歳の頃には俺はもう、『切り裂きジャック』と呼ばれる程の、殺しのスペシャリストになっていた」
「───!? あなた、そんな……」
この国で、しかも海兵隊司令官の娘としてぬくぬくと育ってきた彼女には、到底想像も出来ないだろう。
「───俺も、『愛国者達』は許せない。だがお前達のやり方は、間違っている」
「一体どうしろと?」
「……それはまだ、判らない。だが、どちらも正しくないことだけは、俺にだって判る」
────くそ。やっと三分の一ってところか。思った以上にキツい。
動きがREXより数段素早い上に、味方もろとも攻撃してくるから息をつく暇もない。しかもこんな遮蔽物のない所では、呼吸を整えるほんの数秒、身を隠す事さえ出来ない。同時に複数のREYの相手をするのは、想像以上に骨が折れた。
狙いは脚と口。同士討ちを誘いながら、水圧カッター攻撃のため口を開けた機体を優先して、片っ端からスティンガーをぶち込む。オセロットに痛め付けられた左肩と右脚だけでなく、スティンガーを構える右肩まで段々と痺れてきた。肺と心臓も先程からずっと、悲鳴を上げ続けている。弾切れも近い。
俺は、最後までもつのか────。疲労に足が縺れ、一瞬膝をつきかける。だが、すぐに自分を奮い立たせた。
───俺がここで殺られたら、雷電はどうなる? しっかりしろ、スネーク。
俺のせいであんな目にあったというのに、今も命懸けで戦ってくれている。あいつをこれ以上、傷付けさせるわけにはいかない。
雷電もフォーチュンも姿を見せないという事は、二人はまだ戦っているという事だろう。まさか相討ちとは思いたくない。
───まだ、やれる。いや、やらなくては。
疲れた身体に喝を入れ、スティンガーを構え直すと、RAY達の動きが一斉に止んだ。完全に停止した訳ではなく、「待て」と言われた犬のように、低い唸りを発しながらゆらゆらと動いている。
「…?」
訝しむ俺の視界に、パワードスーツを着込んだ男が滑るように姿を見せた。ローラーと床との摩擦で、足元に火花が散る。
「流石にしぶといな、スネーク。だがそろそろ、限界なのではないか?」
「…っ、ソリダス……!」
俺はすかさずUSPに持ち替えて、奴を照準に捕らえた。スーツに銃弾は効かないだろうから、眉間を狙う。わざわざ直接出てきたということは、おそらくそれも無駄なのだろうが───こいつには訊きたい事があった。
「――――何故、雷電にあんな事をした!?」
「おや、脱獄して今まで何をしていたかと思えば……ジャックを抱いて、慰めてやっていたのか? どうだ、中々良かっただろう? 気に入ったか? 私の使い古しだが、良ければ進呈しよう」
ソリダスは小馬鹿にしたようにせせら笑うと、何かを差し出すかのように両手を拡げてみせた。胸糞悪い。こいつの人を人とも思わない、芝居がかった傲慢な態度には、虫唾が走る。顔も声も下手に自分に、ビッグ・ボスに似ているから、尚更タチが悪い。
「…黙れ! 質問に答えろ!」
「あんな事、か───それは此処での事か? それともリベリアでの事か?」
唾棄すべき事に、チャイルド・ソルジャーはまだまだ世界各地に存在する。決して許されない行為だが、理屈は判る。武器の小型軽量化と、人員の補充(というより誘拐)の簡単さ、給料など存在せず食費も大人の半分以下で済むから維持費も掛からず、反抗の恐れも少ないことなど。だが、ソリダスが雷電にしていた破壊的ともいえる性的調教は、理解の範囲を遥かに超えていた。
「……スネーク。私の年齢を知っているか?」
「───興味はない。お前が幾つだろうが、お前のやったことに変わりはない」
「貴様より十も下なんだよ────『兄さん』」
「…何?」
馬鹿な。シャドーモセスの時に、既にこいつは大統領だった。なのに俺より年下だと?
「『恐るべき子供達』計画────貴様とリキッドの研究成果を経て、10年後に生み出されたのが、この私だ」
ソリダスは忌々しげに俺を睨み付けた。どうやらここでも俺は、覚えのない憎しみを受けているらしい。
「貴様らのように、まがりなりにも『母』と呼べる女の腹からではなく、培養槽の中で私は生まれた。ビッグ・ボスの完璧なコピーとして、常人よりも早く成長するよう、遺伝子を歪められて」
早く成長する────それはつまり、早く老いると言う事。
俺ですら時折、自分の老化の早さにわけもなく喚き散らしたくなるのに、コイツはそれ以上に老化を加速させられているのか。ソリダスの焦りと狂気が、少し理解できる気がした。
かと言って決して、奴のしてきた事、しようとしている事を許すことは出来ないが。
「貴様は自分が何者かも知らされず、随分と暢気に育てられたようだが───私は違う。物心ついた時には己がビッグ・ボスのコピーであることも、成長が、老化が常人より早いことも、子が成せないことも教えられていた。そして───追い立てられた。だから早く成果を、戦果を上げろ、とな。リベリアに指揮官として派遣され、ジャックと出会った頃───私は二十歳にもなっていなかった。書類上は三十を過ぎていたがな。その後も世界中を転々とした。アメリカに戻って大統領をやれと言われた時には、流石の私も驚いたよ────だが、おかげで色々と知ることも出来た」
俺やリキッド、『愛国者達』のことを、その時に知ったと言うことか。それにしても酷い話だ。子供に自分の未来が無いと教えるとは……先天的なものならともかく、それが人為的なものだとなれば、復讐を願うのも無理はない。同情はする。だが、だからと言って、無関係とも言える他者を傷つけて良いことにはならない。
どうやらコイツは俺と違って、大統領もやるほどだから基本的におしゃべりが好きなようだ。話し出すと自分の言葉に酔って、止まらなくなるタイプ。奴が喋っている間は身体を休めることが出来るし、雷電もフォーチュンを倒して追いついてくるかも知れない。そうなれば形勢を逆転できる可能性もある。
「────なるほどな。だがそれが雷電と、何か関係があるのか?」
ソリダスは鷹揚に頷くと、又べらべらと話し始めた。
「冷戦中───大戦時の『賢者の遺産』の在り処を探るため、ザ・ボス───特殊部隊の母と呼ばれ、ビッグ・ボスの育ての親とも、恩師とも言える女が───ソ連に偽装亡命した。手土産にアメリカの小型核弾頭を持ってな。ところがソ連側はそれを即座に自国内で使用し、アメリカに潔白の証明を求めた。王手飛車取りってやつだ。アメリカはザ・ボスを生贄にして、ビッグ・ボスに彼女を殺させるしかなかった。ビッグ・ボスはそれまでにも何度か多少の被曝はしていたが、その時の被曝が不妊の最大の原因だ。それがなければ───不条理に我々兄弟が、この世に生み出されることもなかったのだ!」
ソリダスの握り締めた拳が、小さく震えた。自分と、自分が生まれる原因を作ったものすべてを、憎み、恨んでいるようだった。
「───管理者でありながら『賢者の遺産』を着服していた者。そして核を手に入れ、使用した張本人。それがGRUのヴォルギン大佐だ。そして、その愛人が、ジャックの父親───というより、ジャックの『オリジナル』と言った方が、正確だな」
「───何だと?」
「イワン=ライデノヴィッチ=ライコフ少佐。元は没落貴族らしいが……大佐の愛人に納まって出世したようだ。色仕掛けでな。男妾って奴だ。軍人としてはそれなりに優秀だったが、部下に暴力を振るっては自分を犯させる、男狂いの変人だったらしい。大佐がビッグ・ボスに倒された後は失脚し、あちこち飛ばされたようだ。結局最期はどうなったのか、それは判らん」
ソリダスは芝居じみて、大仰に首を振った。
「だが、大佐はライコフを本当に気に入っていたのだろうな。『賢者の遺産』の一部を使って、クローンまで造ろうとしていた」
「それが、雷電か───!」
何てことだ。俺達だけじゃなく、雷電までクローンだったとは。だが西側で開発が進む技術を、ソ連が手放しで見ているわけはない。有り得ない話ではない。
「大佐が死んだためか研究が遅れ、我々より随分若いし、遺伝子の改竄もないようだが───そういうことだ。ジャックの持っていた、育て親の研究ノートにすべて記されていた。研究員の夫婦がジャックを連れて脱走し、リベリアに逃げ込んでいたのだ。混乱した国なら、身を隠しやすいとでも思ったのだろう」
ソリダスは一旦言葉を切って虚空を見つめ、それからニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「ヴォルギン大佐の係累はすべて粛清され、既に復讐の機会はないものと諦めていたが───まさか愛人のコピーが偶然、私の手に入るとはな」
「───っ、オリジナルが誰であれ、雷電には関係ないだろう!」
オリジナルとコピー。ビッグ・ボスと自分。ライコフと雷電。覚えもない親だのオリジナルだの、もう沢山だ。オタコンじゃないが、遺伝子の呪いかと疑いたくもなる。
「そうだな。直接の関係はない。だが滅多に無い偶然だ。私がジャックを育てたのは少々の意趣返しと───実験のためだ」
「……実験だと?」
不愉快な話だが、想定もしなかった単語に思わず問い質してしまう。ソリダスは頷いて言葉を続けた。
「人は訓練でどこまで変わる事が出来るか。もって生まれた才能は、どこまで伸ばすことが出来るか───人殺しの訓練と、男狂いの性癖───思い付きで始めた事だが、ジャックは最高の出来栄えだった。殺人機械(キリング・マシーン)としても、性欲処理機械(セックス・マシーン)としても」
「…っ人を、機械扱いするな! しかも…アイツはまだ小さな、子供だったはずだ…!!」
激怒する俺を、奴は蔑むように嘲笑った。
「何だ、非人道的だとでも言うのか? 我々自身、非人道的に生み出されたのだぞ? 非人道的な、遺伝子の改竄までされて!───育ってしまってからでは、可塑性が失われる。小さな子供だったからこそ、意味がある。教育において、それぐらいは常識だろう? 我々も、物心ついたときには銃を握らされていた筈だ」
確かにそうだ。だが、人格を傷つけられるようなことまではされなかった。……少なくとも、俺は。
「───さて、兄弟との楽しい会話は、この辺にしておこう。まったく、私と同じDNAを持つとは、とても思えんな。貴様のような甘い男が、よくビッグ・ボスやリキッドを倒せたものだ。どうやら悪運だけは強いらしい───だが、それも此処までだ」
ソリダスは背後に控えているRAYの中の一機に、片手を上げて合図を送った。今まで相手にしてきたRAYとは明らかに動きが、いや、放たれている殺気が違う───まさか、有人機か!?
「そろそろ死んで貰おうか。この世にビッグ・ボスは二人もいらん。蛇は一匹で良い。まずは貴様を始末し、次に内通者であるオルガを、それから『愛国者達』を葬る。その後もアウター・ヘブンの建設等、やる事は山のようにあるのでな」
「……っ!?」
オルガも既に拘束されているのか。USPをスティンガーに持ち替えるべきか迷った一瞬の隙に、ソリダスは俺をP90の照準に捕らえた。有人と思われるRAYも、脚を振り上げ口を開いて、こちらを狙っている。
───まずい。すべての攻撃をかわすのは不可能だ。どれも致命傷になる。
これまでか、と観念しかけたとき、俺を踏み潰そうとしていたRAYの脚が、それから全身が、ガタガタと震え出した。後ろに控えていた連中も同様に、瘧にかかったサルの群れのように、呻き声をあげ金属音を撒き散らしながら、痙攣し始める。明らかに何か、不具合が起きている。
流石にソリダスも動揺したらしい。有人と思しきRAYに、血相を変えて怒鳴りつけた。
「───っ、どうした!? 何が起こっている?」
『……A.I.が、……『G.W.』が、暴走しています! 神経回路全体に異常なインパルスが発生……制御出来ません!』
やはり、オセロットか! スピーカーから流れて来る緊迫した声は、聞き覚えのあるものだった。A.I.が暴走? エマのワームが今頃? それともオタコンか? 流石に侵入は無理だと言っていた筈だが───。
「何だと? どういうことだ!」
『もしや、コンピュータウィルス……』
「───『愛国者達』か!」
『わかりません!』
「小娘のウィルスを駆除してから再起動した筈ではないのか!? オセロット、貴様、今まで何をしていた!?」
『もう手遅れです! アーセナルの全制御システムに異常……緊急浮上しています!』
格納庫中に何かの警報が、大音量で響き渡る。そして───オセロットの機体の後ろで騒いでいたRAY達が突然、同士討ちを始めた。共食い───血走ったようにカメラ部分を赤く光らせ、互いを嘴で突きあって、真っ赤な体液を噴き出し倒れていく様は、共食いのようにしか見えない。
その内の一機がソリダスをも敵と見做したらしい。咆哮を上げて奴に詰め寄り、舌なめずりする様に首を振って攻撃態勢を取った。
「ふざけた真似を……!」
ソリダスはパワードスーツの鉄襟を閉じると、雄叫びを上げてRAYに挑みかかった。銃弾をブレードで弾き返しながらRAYの頭上に跳び、恐らく弱点なのだろう、ヒトで言えば延髄の辺りにP90の弾を無数に叩き込み、機能を停止させる。続いて脇から襲い掛かろうとした機体をも、ソリダスはあっという間に沈黙させた。RAYの構造を知っていて、尚且つパワードスーツの力を借りているとはいえ、その戦闘力は流石としか言い様がない。
結局、数分の内にあれだけいたRAYの群れはオセロットの載っていた有人機以外、すべて同士討ちするかソリダスに破壊されてしまった。
「───愛国者達め……!」
動くものが居なくなると、ソリダスは鉄襟を開いて歯噛みした。
(Re-Birth(6)に続く)