始めは、誰か引っ越してきたのかと思った。
ジェシーを近所の公園に日向ぼっこに連れて行って帰ってくると、アパートが何やら騒がしい。作業服姿のオジサン達がワサワサしていて、大きな荷物を運び入れているところで――――って、嘘、そこ、ウチじゃないか?
急いでオジサン達の間をすり抜けてスネークの姿を探すと、彼は寝室からひょっこりと顔を見せた。
「おお、お帰り。早かったな」
「ス――デイブ、何なんだ、これは?」
いつも通り「スネーク」と言いかけて、俺は慌てて声を低めて言い直した。スネークの後ろに、見慣れない人影が見えたので。
「では失礼します、スミス様。何かありましたらどうぞご遠慮なく。この度は誠に、有難う御座いました」
「ああ、お世話さん」
ス、スミス様? なんてぶっちぎりに怪しい偽名を───。
恰幅の良いオジサンが、こぼれんばかりに愛想を振りまきながら出ていくのを呆気にとられて見送って、部屋の中に視線を巡らせ――るまでもなく目に入る、見慣れない巨大な物体。狭い寝室の床が、殆ど見えない。
ぽかぽか陽気に誘われてウトウトと寝入り始めたジェシーをスリングから降ろし、居間のベビーベッドに寝かせながら、俺は首を傾げた。
「~~~~~何だ、これ?」
「何って、見りゃ判るだろう」
そりゃ、コレはどう見てもベッド――――だよな。しかも特大の。俺が言いたいのはそういう事じゃなくて。
「どうしたんだ、これ?」
「買ったに決まってるだろう」
「買ったって――──何で?」
なんか、すごく高そうなんだけど。頭の上の宮部分も脚の所も側面も、目に見えるところはどこもかしこもやたらに凝りまくった彫刻が入っているし、よく見るとマットレスの隅に小さく付いているロゴマークは――――新婚旅行で行ったウィーンの最高級ホテルのベッドについていたものと同じだった。
「何でって――――お前が『狭い』って文句言ったんだろうが」
「……へ? 俺が? いつ?」
「もしかして―――覚えてない、のか?」
スネークはオイオイ、勘弁してくれよと言わんばかりに首を振った。
「あのなぁ。お前が、昨夜、言ったんだ。こう、夜中にガバッと起き上がってな。『狭い。これじゃ寝れない』って」
「――――本当か?」
全然覚えがなかった。確かに、シングルベッドに男二人じゃ狭い。だが、昔からそうそう良いベッドに寝ていたわけではない(というかガキの頃はマトモなベッドもなかった)ので、そんなに気にはしていなかった。
それにここに来てから――――というか、スネークと「寝る」ようになってから、以前の不眠は何処へやらなのだ。コトが終わったあと体中にキスされたり、蒸タオルで拭かれたりしている内にトロトロと寝入ってしまって、朝まで目が覚めることは滅多にない。偶に夜中に魘されてもすぐに起こされて、手を繋いであやされ、その後はぐっすり眠ることが出来た。近頃ではその回数も、目に見えて減ってきている。
だから、寝惚けていたとしても自分がそんな文句を言うとは、とても思えなかった。
「――――アンタ、夢でも見てたんじゃないのか?」
全然信用していない俺の言い草にスネークは溜息をついて、片手で頭をガリガリと掻きながら胸ポケットから出した煙草を銜えた。
「――――まあ良い。どうせ狭いしギシギシ煩いから、そのうち換えるつもりだったしな。お前の寝言で踏ん切りがついただけの話だ」
「にしても、これ……すごく高いんじゃ?」
確かローズとの新居に入れるベッドを見に行ったとき、一段高いフロアに置かれていたこのロゴの入った商品はどれも、目の玉の転がり出そうな値段だった。たかがベッドのくせに、他のメーカーの奴と、値段も一段、いや、それ以上に違うのだ。しかもこの大きさときたら――――まあ確かに、男二人でも余裕だろうけど。こんなオンボロアパートに、不似合いなことこの上ない。
「確かに他のヤツより高めだったが―――俺はこういうのは、よく判らんからな。『とにかく軋まなくて、良く寝れる奴をくれ』って言ったら、さっきのオッサンにこいつを勧められた」
何でもないことのように煙草をふかしながら、恐らくベッドと一緒に買ったらしい、これまたやたら高そうなシーツをセットし始める。濃いワインレッドのベルベットみたいな生地に、プラチナゴールドの凝った刺繍入り。
「高めどころじゃないだろ? 俺も良く知らないけど、これ、高級ホテルとかで使ってるベッドだぞ? それに普通よりかなりデカくないか?」
「ああ、ついでだから一番大きい奴にした。大は小を兼ねるって言うしな。『カリフォルニア=キング』サイズとかいうんだとさ。俺も初めて見た」
「か、かりふぉるにあきんぐ?」
何だかよく判らないが、普通の「キングサイズ」の更に上ってことらしい。ってことは、値段も更に上だろう。俺が寝惚けて一言「狭い」と言っただけなのに、下手すりゃ高級車が買える額だぞ? 経済観念が欠落しているとしか思えない極端な選択に、俺は首を振って溜息をついた。
「おいおい、一体何ヶ月ローンなんだ? 30年払いとかじゃないだろうな?」
「ローンは好かん。俺は『いつもニコニコ現金払い』だ」
「こ、こ、こ、こんなのキャッシュで買ったのかっ!?」
それじゃオジサンが揉み手をせんばかりにお愛想してたはずだ。金持ちが道楽で貧乏暮らししてるとでも思ったのだろう。それとも貧乏人の愛人(=……俺か?)へのプレゼントとか。ぼろアパートと慎ましやかな暮らしぶり(何せ家具は全部拾い物、服や雑貨は殆ど教会のバザーで買ったセコハン。車も廃車をスネークが自分で修理した奴だ)から、てっきり彼の懐具合を『中の下』程度だと思っていた俺は、腰が抜けるかというほど驚いた。スネークが腕を組んで当然とばかりにフンと鼻を鳴らす。
「当たり前だ。いつ死ぬか判らんのに、ローンなんぞ組めるか」
なんて律儀な。保証人無しなら誰にも迷惑かけずに踏み倒せるのに、と思ってしまう俺は、ちょっとセコイだろうか?
「まあ、こんなにゴテゴテしてなくても良かったんだがな。だが少々値は張ったが、確かに寝心地はいいぞ? 店でちょっと横にならせてもらったが、硬くもなく頼りなくもなく―――とにかく全然、軋まない」
「……にしても、コレはデカ過ぎるだろう……」
床が殆ど見えない――――これじゃ掃除機もかけられない。寝室の掃除で匍匐移動しなきゃいけないなんて嫌だぞ、俺は。
大体、一部屋丸ごとのスペースで寝たいなら、床が見えないくらいのクソ高いベッドを買わなくても、床に直接マットレスを敷き詰めりゃいいのだ。「音がしない」のがいいんなら、ダブルサイズのエアーベッドでもホームセンターで50ドルも出せば、お釣りがくる。二つ買ったって100ドル以下。ネットオークションなりセールなりで処分品を狙えばもっと安いはず。
「何だ、せっかく買ったのに気に入らないのか?」
頭の中で色々とソロバンをはじく俺の様子が気に障ったのか、スネークが憮然とした顔で紫煙を吐き出す。
「アンタの買い物にケチをつける気はない、が――――さすがにコレは無駄と言うか、失敗と言うか――――要らないんじゃないのか?」
「じゃあ、試してみるか?」
スネークは右手で煙草を灰皿に押し付けて消しつつ、左手で俺の腰をゆるく抱き寄せた。頬や耳や首筋に寄り道をしてから、口付けが降りてくる。互いの唇を貪りながら、縺れ込むようにベッドに倒れこんだ。前のベッドならスプリングがかなり派手な悲鳴を上げていたところだが、確かに殆ど音はしなかった。
「…ん…っ、ちょっと待ってくれ、汗かいてるから先にシャワーを───」
今日は陽気が良かったから、さっきの散歩中に少し汗ばんでしまっている。スネークの体を退けて身体を起こそうとすると、優しく、しかししっかりと、ベッドの上に押し戻された。
「こんなに美味そうな匂い、流すなんて勿体無い」
そのままTシャツの上から起ち上がりかけた乳首を軽く噛まれて、ビクリと体が竦む。彼は俺の汗の匂いが好きなようだった。俺だって、他の男のニオイは不愉快なだけだが、スネークの汗の匂いに鼻腔を擽られると性感が刺激されるから、似たようなものなのかもしれない。
「…っあ、よせってば───ちゃんと脱がなきゃ、洗い物が増える───」
「どうせ洗うの俺だろうが。犯りながら脱がすのが楽しいんだから、好きにさせろ」
だから出来るだけ汚れ物出さないようにしてるのに、という抗議の言葉は合わせた唇の中に吸い取られてしまった。
「ン、も……せっかちだな。初めての時はなかなか手ェ、出して来なかったくせに」
「バカ。あの頃の俺が、どれだけガマンしてたと思うんだ? 毎日鼻血が出そうだったぞ」
両脚の間に自然と挟みこんでいたスネークの腰にグイと力が込められ、互いの硬くなり始めたモノを感じる。そのまま捏ねるように押し付け合う内に、どんどんと昂ぶって行く。肉棒の位置が少しづつずれていき、会陰部やその下で疼き始めた蕾までグリグリと刺激されて、全身にぼぉっと熱が上がって来る。
「……ぁ…ぁ、ん…っ……ふ…ぅん…っ…」
シャツの裾が徐々にたくし上げられ、腰骨から脇腹、臍、胸元、最後に脇の下に唇を落として、取り去られた。剥き出しになった背中を柔らかなシーツに包まれて、俺はうっとりと目を閉じた。
「───あ……すごい気持ちいい、このシーツ──寝ちゃいそうだ────」
さすが超高級品。いつものコットンのさらさらした肌触りも好きだが、とろりと全身を包み込む羽毛のような感触は、また絶品だった。
「何だ、シーツの話か? まだ寝るなよ、確かに良い手触りだけどな───俺には、お前の方が良い」
スネークは自分も着ていたダンガリーのシャツとタンクトップを手早く脱ぎ捨てて、上半身を擦り併せるように覆い被さってきた。心地良い重みと、逞しい筋肉を纏ったなめし皮のような滑らかな触感に、熱い吐息が漏れる。
「あぁ──俺も、アンタの方が良い───」
一頻り互いの唇を貪った後、スネークは徐に体を離し、俺のジーパンのボタンとジッパーを開けて大きく寛げた。それからヒョイと俺の体をうつ伏せにして、軽く腰を上げさせる。いつもなら結構大きな音がするし、ベッドから落ちないように体をにじらせたりしないといけないのだが。このバカでかいベッドでは、そんな必要もなかった。
「…ぅ…ン……や、ぁ……は、…ぁぁ────っ…」
今度は項から背骨を辿って熱い舌が這い、所々に唇が落とされていく。尾骶骨まで辿りつくと、弱いところを一際きつく吸い上げられて、俺は思わず仰け反って細い声を上げた。下着と一緒にジーパンが擦り下ろされて、露になった双丘の谷間を合わせるようにチュッチュッと吸い上げ、最後に舌先が疼き始めた蕾を擽る。
「…ぁ…ぁ…ぁ、ぅ…っ…」
スネークは急いで入れようとはせず、指先で押し拡げながらゆっくり舐り、もう一方の掌で俺のモノを包んでゆるゆると揺さぶる。優しいけれど淫靡な刺激に、視界がトロリと潤んだ。段々と、全身の力が抜けてくる。何度も何度も押し付けられているうちに、熱い舌先が少しずつ這入り込み始める。
「…っ、あ…ぁ……は…ぁん……」
ざらついた軟体動物のようなそれが、ぬめりを残して狭い肉の通路を行き来する。その刺激に、身体の奥で淫らな期待が頭を擡げ始める。
もっと、もっと深く。強く。
自然に腰が浮き上がって、彼の舌を根元まで迎え入れようとしていた。ピチャ、クチュリといやらしい水音と、俺の喘ぎ声だけがしばらく続く。
「……むぅ……」
「……?」
急に愛撫の手を止めて、スネークが唸った。不審に思って目を開け、彼の視線をぼんやり辿ると、ベッドサイドのワゴンだった。引き出しに、オイルやローション(もちろん銃と弾薬も)が入っている。普段ならある程度、指や舌で柔らかくして俺がメロメロになっている間に、ローションなり何なりを流し込んで更にほぐして挿入、なのだが。
ベッドが広すぎて、手が届かないらしい。途中で中断されて、俺は小さく溜息をついた。
「────だから、デカ過ぎるって言っただろ?」
「……また置き場所を考えれば良いさ」
スネークは立ち上がってローションを引っ張り出して戻ってくると、宥めるように俺の頬にキスをした。そのまま覆い被さって、立たせた俺の膝を揃えさせ、硬く勃ち上がったそれを狭間に挿し入れる。その上から唾液に濡れてヒクついているそこへ、ローションをたっぷりと垂らした。それはスネークの肉棒を伝って、前の方にまでツツゥッと流れ落ちてくる。
「…あ、ん…っ……」
俺は両脚をギュッと締め付け、スネークの隆々とした欲棒をしっかりと挟み込んだ。膨らみ始めた双球を押し潰して俺のモノの下に顔を出している亀頭に手を伸ばし、指の腹で撫で回す。どんなに硬いペニスでも、そこだけはプニプニ、スベスベして触り心地が良い。うっとりと先走りの液を塗り拡げながら、可愛い、と思った。
「こら、止せ。くすぐったい」
「気持ち良くないか?───俺は、触っていたい」
「困った奴だな」
喉で笑うスネークの節くれ立った指先がローションの助けを借りて、そろりと俺の中へと入り込んでくる。ゆっくり出し入れされる指の動きに合わせて腰を前後に揺すると、裏筋も睾丸も蟻の門渡りも後ろの敏感な蕾も、彼のモノのごつごつした隆起に擦られて、堪らなかった。
「…あ、あ…っ…う、ん……も…イ、キそ…っ……」
「どうする? このままイクか?」
「や、だ……欲しい……けど……先に、一回……」
「了解」
すぐに達してしまいそうだった。けれどそれだけでは、腰の奥で疼いている熾き火のような劣情が、消える筈がないのは判っている。
耳元で囁く声に途切れ途切れに訴えると、スネークは頷いて指をもう一本増やし、腰のピッチを早めた。俺の尻肉を拡げていた手で、俺のモノと自分のモノを一緒に握り込む。そのまま腰の動きと反対方向にギチギチと扱き始める。
「…っあ! …あぁ…やぁ…っ……! 」
掌に包まれた上半分と、スネークのモノに擦れる下半分が、逆向きに微妙にタイミングを変えて擦り立てられ、一気に射精感が高まった。そうしながら中に差し入れた指先で、俺の弱い所をクリクリと擽る。
「お前も、ほら───」
さっきまで彼の先端を撫でていた手を、互いの亀頭を包むように押し付けられた。どちらからもトロトロと蜜が溢れて、俺の掌の中でぐちゅぐちゅといやらしい音を立てる。
「あ、あぁ、も、っあ、………ぅくっ、……あはぁ…っ!!」
堪らずに欲情を吐き出して力の抜けた身体を、そっと仰向けに横たえられる。スネークは優しく俺に覆いかぶさったまま、荒い息を整える俺の顔をじっと見つめた。
「───ああ、やっぱり好い色だな」
「…っ、ん……何…?」
「このシーツだ。お前の髪と肌の色が一番映えそうだと思ってな。ガーネット=カーマインだとさ。サファイア=ブルーと迷ったんだがな」
すごく綺麗だ。こうやって肌が桜色に染まると、特に。
真顔で言って、また深く口付けられた。空に浮かび上がるような気がしたのはきっと、高級スプリングのせいでも、蕩けるようなシーツのせいでもない。
「─────バカ。なんで、そんな恥ずかしいコトばっかり……」
逞しい背中に回していた両手で彼の頬を挟み、引き寄せて、俺は今度は自分からキスの雨を降らせた。
「もしかして、コレ買う時からそんなこと考えてたのか?」
「まぁ、ちょっとだけ、な」
浮かれちまってるのかもしれん、と目尻に皺を寄せてスネークは笑った。
「──俺なんか──初めて会った時から、ずっと浮かれてる………」
ずっと軍に居たのだって、ひたすら空しいVR訓練に身を入れ続けたのだって、『最高の工作員になれば、いつかスネークに会えるかも知れない』と思っていたからだ。2年前、スネークが死んだと聞いた時には、生まれて初めて記憶がなくなるまで酒を飲んだ。何日も飲み続け、訳知り顔で『スネークのテロ行為』をああだこうだ言ってる奴らを片っ端からぶん殴ってまわって、懲罰房に入れられたりもした(普段から監獄みたいな部屋で暮らしていたので、全然こたえなかったが)。
気持ちが少し落ち着いてからは『せめて彼を知る人に話を聞きたい』と考えて、軍に居続けたのだ。『スネーク』のコードネームを許された時や、キャンベル大佐が上官になったと聞いた時には、顔には出さなかったものの、小躍りするほど嬉しかった。
「? その割には、あの時はずいぶんツンケンしてたじゃないか」
「そりゃあ、初めての実戦だと思ってたし、記憶をいじくられてかなり混乱してたし───大体、『スネークか?』って訊いても、アンタが『違う』って言ったんじゃないか。『奴は2年前に死んだ』って」
スネークは俺の胸を撫で回したり乳首を指先で転がしたりしながら、頬や耳元に唇を落として笑った。その度に俺の身体はピクピクと小さく跳ね、熱い吐息が漏れた。
「当たり前だろうが。危うくホントに死体になる位、苦労して偽装したんだ。敵か味方かも判らん奴に、あっさり白状する訳ないだろう?」
「────だが、俺は……どうして良いか、判らなかった。やっぱりもっと早く、教えて欲しかった」
スネークがすぐに正体を明かさなかった理由は、頭ではちゃんと判っている。その上、あの時の俺は『愛国者達』に利用されていたんだし。それでも、ちょっと寂しかった。
目を閉じて逞しい背中にぎゅっと腕を回すと、彼はしばらく俺の頭を撫でてから、瞼にも優しく唇を落とした。
「そうか───すまなかったな」
深い接吻と同時に、逞しく屹立したモノが濡れそぼってヒクついているそこに押し付けられる。彼はすぐに挿入しようとはせず、先端の柔らかい部分だけをめり込ませて動かさなかった。蹂躙を待つ肉の輪が、空気を求める魚のように亀頭に吸い付く。
「…あ…ぁ…ッ……や…ぁ…っ……」
「ココが柔らかくて好きなんだろ? 確かに、気持ち良いな」
「ちが…っ…や……も……欲し、い……っ……」
「俺はこのままでもイイ感じだが―――俺が欲しい? それともコレが欲しい?」
どこがどう違うのか良く判らないが、とにかく欲しい。俺はしがみつく腕に更に力を込めて、無精髭の浮き始めた彼の頬に顔を摺り寄せた。
「あ、……ど、どっちも……」
「欲張りだな───だが正直で良い。どっちもやる。全部」
俺の言葉にスネークは喉で笑って、押し付ける腰に少し力を入れた。一番太いところが、一番狭いところを粘っこい音を立てて通り抜ける。
「っ、ああ…! ……ぁ、ぁん…っ…」
でも、そこから奥には進めない。スネークは入り口の最も締め付けの強い部分で、雁首だけを何度も出し入れし続けた。同時に大きく脚を拡げたままの、俺の淫茎全体を掌でやわらかく撫で回す。さっき吐き出した精液で、それは彼の手の中でヌチャヌチュといやらしくぬめった。
「や…ぁ…あ…っ…早、く…っ……」
トロトロと弱火で炙られるような快感に身悶える。早く、内奥で待ち焦がれている淫らな部分に、とどめが欲しかった。
「…物欲しそうに吸い付いてくる。これはこれでイイな……」
「やっ……も、っと…奥…っ……入れて……入れ、て…ってば…っ…」
狙いを定めるように片手で自分の肉棒を掴んで、楽しそうに抜き差ししているスネークの腕に、俺はギリギリと爪を立てた。彼は苦笑いしてその手を外し、掌に舌を這わせる。出し入れは繰り返したまま。
「お前、最近、正直になってきたな?」
「…あ、ん…っ…ア、ンタが…そう、しろって……ぁは…っ……」
自分がどうしたいか、どうされたいかを素直に伝えること。ずっと自分を抑えて生きてきた俺に、我慢しないで正直に言えと、そこから関係が深まるのだと、何度も教えてくれたのはスネークだった。彼は俺の言葉に眼を細め、笑い皺を浮かべて頷いた。
「───ああ。それでいい。俺に、遠慮なんかいらない。俺はお前のものなんだから。いくぞ───」
「あ…っふ、う…ぅんぅうぅぅ…っ!」
狭い肉の器官にズヌヌッと、とうとう待ち侘びていたものが押し入ってくる。いきなり深い。俺は彼の分厚い胸にしがみついて頬を強く押し付け、その衝撃に耐えた。だが、嬉しい、と思う間もなく、また抜き出されてしまう。
「あっ、や……あぁあぁ…っ! あ、ぁ、……ぁはあぁぁ…っ! ぁ、い……ひぁあぁ……っ!」
抗議しようとすると、また深く貫かれた。あっさりと引き出しては、またすぐ最奥まで突き上げられる。狭隘な肛洞が、閉じかけては力強く押し拡げられる。頭がおかしくなりそうだった。
「…やっ、も……抜いちゃ、嫌だ……っ……! 」
俺は抜き出されない様に、彼の背中に回した腕と、彼の剛柱を受け入れている肉壁に力を込めた。全身がブルブルと震える。
「───了解。じゃあ、これは?」
さっきまでの荒々しさが嘘みたいに、スネークは今度はゆっくりと捏ね回すように腰を使った。俺の上半身を抱き締め、そこここに唇を落としながら、深く挿し入れた肉の凶器で弱い所をなぞっては軽く押し潰す。大きく拡げられたままの鼠頸部が、その度に大きく跳ね上がった。二つの身体に挟まれた俺の淫茎から、ジュクジュクと粘っこい液が溢れ出す。
「あ…、あ…、…ぁあ、…ぁあ……」
もう、口を閉じることも出来ない。俺は白痴のように口を開けたまま、喘ぎを漏らし続けた。熱した欲棒を打ち込まれる度に、そこから全身が飴のように蕩けていくように感じる。じわじわと小股から、筋肉が痙攣し始める。
「……も…ダメ……溶け、そ……あぁ……ぅ、んっ……」
「…溶けるのは、困るな。抱き応えが、無くなっちまう」
彼は笑いながら、緩急自在に律動を繰り返した。
午後のまどろみから、今日はすぐに目が覚めた。いつも身体のどこかが触れている筈の、スネークの熱を感じられなくて不安になる。目を開けると彼は広いベッドの反対側の端で横になって、天井を見上げて煙草を蒸かしていた。サイドテーブルの上の灰皿を使うには、そこまで移動しないと届かなかったのだろう。いつもなら、寝ている俺の髪を撫でながら煙草を吸っている事が多いのだが。
「お。今日は早いお目覚めだな」
「確かに寝心地はいいが――――やっぱりこれ、デカ過ぎる」
「やれやれ。そんなに気に入らないか?」
唇を尖らせた俺に、スネークは煙草を灰皿に捨て、溜息をついて立ち上がった。俺の傍まで来て、また腰を下ろす。確かに耳障りなスプリングの音はしない。俺は彼の膝を枕にして太腿に頬を摺り寄せ、肺の奥までその匂いを吸い込んでから、ゆっくりと彼を見上げた。
「ああ。正直言って、気に入らない。実際、半分くらいしか使わなかったろう? それとも―─―アンタは俺とくっついて寝るのが、そんなに嫌なのか?」
俺の問いに、スネークは少し目を丸くして、それからニヤリと笑って頷いた。
「――――なるほど。確かにデカ過ぎるな」
明日にでも、普通のダブルかセミダブルに交換してもらおう。
「だがさすがにもう、シングルはパスだろ?」
「それなんだが……俺が『狭くて寝られない』って言ったのは、『アンタが寝られない』と言ったんじゃないのか? 前のベッドでも、俺は熟睡してたぞ?」
「俺だって、ダンボールの中で丸まってでも熟睡できるぞ?」
互いの言葉に、俺達は顔を見合わせて笑った。身体を起こして彼の首に抱きつき、たっぷりとじゃれ合うような接吻を交わす。キスの合間にも、二人とも笑いが零れた。
「───つまりコイツは、俺達には無用の長物ってことだな」