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■ With & Each other 

 

『やあ、雷電……って、どうしたんだい、その顔!?』

 ジェシーを抱いた雷電の整った顔の片側の頬が少し赤く腫れている。明らかに殴られた跡だ。仕事の合間の気分転換にご機嫌伺いするつもりが、すごいタイミングで通信を入れてしまったようだ。

「……別に。何でもない」

 雷電は憮然としてそう応えると、怒った様に視線を逸らした。どんなに不機嫌でも通信に出るあたり、スネークと違って雷電は律儀だ。

『何でもないワケないだろう!? 誰にやられたんだい? スネークかい?』

「…………」

 答えない。ということは当たっているということだ(なぜなら雷電はウソがつけないから)。それに見た目と違ってスネークですら舌を巻く戦闘力を持つ雷電に、こんな真似が出来る人間はどう考えてもただ一人。

『スネーク! スネーク、そこにいるんだろ!?』

「……騒ぐな。ジェシーが起きちまうだろうが。何の用だ」

 こちらも雷電に負けず劣らずの仏頂面で、最近は無精ヒゲもなくなりちょっと若作りになったスネークが雷電の後ろに姿を現す。

『何の用じゃないよ! なんて酷いことするんだ!』

「俺の方が重症だ……」

 確かに、良く見るとスネークの方は両目の回りに青タン、頬や首筋のあちこちに擦り傷が出来ている。唇の端も切れているようだ。タバコの吸い口に少し血が滲んでいる。普通に見れば、こっちの方がダメージは大きいと言えるだろう。しかし、心情的にはそうは思えない。

『君はそれ位、どうってことないだろ。一体どうしたんだい? ケンカかい?』

「……まあ、そんなところだ」

『原因は?』

「……知らん」

『怒るよ。知らないわけないだろ。……雷電? 一体どうしたんだい?』

 頑固なスネークがこう言い出したら、なかなか口を割らない。僕は雷電に出来るだけ優しく問い掛けた。雷電が視線を逸らしたまま、ぼそりと呟く。

「……仕事……」

『え?』

「……仕事、したいって言ったんだ。俺、離婚で文無しになったし、いつまでもフラフラしてるわけにもいかないから」

『それで殴られた? ……もしかして、フィランソロピーの仕事?』

 スネークの怒りの理由に思い当たって問うと、雷電がこくりと頷く。スネークがまさに苦虫を噛み潰したような顔で毒づいた。

「くだらん殺戮に手を貸すのは終わりにしろと、あの時言ったはずだ」

「……っ……アンタ達がやってるのは、『くだらん殺戮』じゃないだろう!」

「同じことだ」

「違う!」

 にべもないスネークに、雷電が食って掛かる。また殴り合いになりかねない雰囲気に、僕は慌てて宥めにかかった。

『まあまあ、二人とも落ち着いて! 暴力はいけない! それじゃ何も解決しないよ!』

「…ふん。こいつが分からず屋だからだ」

「……どっちが!」

『まあまあまあ。えーと……じゃあ、スネーク。ちょっと黙っててくれる? 雷電からゆっくり話を聞いてみるから』

「……好きにしろ!」

 吐き捨てるように言うと、スプリングが壊れるほどの勢いでドカッとソファーに腰を下ろす。モニターに備え付けのCCDカメラがグラグラと揺れた。習い性なのか、日常生活でも殆ど音を立てないスネークにしては珍しい。それほど頭に来ているということだろう。

『さて、と……雷電。いいかな?』

「……ああ」

『フィランソロピーで仕事したいのかい? えっとつまり、事務とかオペレーターとかのデスクワークじゃなくて、スネークと同じ……』

「俺の能力を客観的に見れば、そうなるだろ? アンタみたいに特殊なスキルがあるワケじゃないし、デスクワークなんてやったことがない」

 ふてくされていても、その瞳は真剣だ。

『どうしても?』

「今更、『普通』の仕事なんか出来っこない。それにスネークが……アンタ達が戦ってるのに、俺だけのうのうとなんかしていられない」

『スネークは君が心配なんだよ。大事だから、危険なことはさせたくないんだ』

「それは……それは、わかってる。でも…………」

 言い募っていた雷電が唇を噛んで黙り込む。スネークが彼を大切にしているのは、端から見ていてもありありと判る。本人なら尚更、身に沁みるほどに感じているだろう。

 それでも、じっとしてなんかいられないのだ。自分の能力が判っているから、余計に。僕は溜息をついて、前々から考えていた提案を口にした。本当はもう少し経ってからと思っていたけど、仕方ない。

『……どうかな、雷電。スネーク専任のオペレーター兼バックアップ要員ってのじゃ、ダメかい?』

「え…っ?」

「何ィ!?」

 二人の反応は、対照的だった。目を輝かせて身を乗り出した雷電と、目を剥いて立ち上がったスネーク。外見は全然違うけど、この二人はどこか似ている。

『実は、以前から考えてはいたんだ。君の能力は、このまま埋もれさせるには勿体なさすぎる。フィランソロピーはずっと人手不足だし、特に工作員はスネーク一人みたいなものだからね。かといって機密上、新しい人間を易々と雇うわけにもいかないし。だからそのうち、何とかスネークを説得するつもりだったんだけど』

「オタコン! 何を言ってる!」

 僕はスネークの怒鳴り声を無視して、決定事項のように先を続けた。

『雷電にはスネークの仕事を背面からアシストしてもらう。スネークに何かあったら、雷電が出動する』

「ダメだ、許さん! 俺は認めんぞ!」

 血相を変えて喚くスネークを、わざと大きく溜息をついて嗜める。

『……スネーク。気持ちは判るけど、雷電の気持ちも考えてやりなよ。彼は君のお人形さんじゃない、感情のある生身の人間なんだ。それにどうせ君が危ないとなったら、仕事じゃなくても雷電はすっ飛んで行っちゃうよ? それならちゃんと僕らの組織の支援を受けられる状態で行く方が、二人とも生き残れる可能性が高いはずだ。違うかい?」

 そう、多分これが一番良い筈だ。スネークにとっても、雷電にとっても。僕の心配は、二倍になるかも知れないけれど。

「いいのか? オタコン」

「……ダメだ」

 やる気満々の雷電の後ろで、スネークが呻く。怒鳴らないということは、理性と感情の間で葛藤しているのだろう。もう一押しだ。

『いいじゃないか。雷電が君のオペレーターなら、お互い離れてても寂しくないだろ? それに自分に何かあったら雷電が出動すると思えば、君もあまり無茶しなくなるだろうしね』

「……俺達に何かあったら、ジェシーはどうする?」

 諦め切れないように、スネークが言葉を押し出す。僕は両手を挙げて、少しおどけた調子で答えた。

『そうだね、どうしようか? そんなことにならないよう、『パパ』のスネークには背水の陣で頑張ってもらうしかないね』

「あのなぁ……」

『まあ、君がヘマをしない限り、雷電は安全なんだからいいじゃないか。雷電も、それでいいかい?』

「ああ、やらせてくれ!」

「……む…ぅ……」

 うん、うんと嬉しそうに雷電が頷く。ひたむきというか、一途というか。可愛いなぁ。腕を組んで黙り込んでしまったスネークが、ちょっと羨ましい。

『言っておくけど、軍と違って給料は安いよ?』

「そんなの、いくらでもいい。…って、とりあえず、俺とジェシーが食っていける額なら」

 腕の中の赤ん坊を見て、ちょっと不安そうに語尾を濁す。その様子に僕は思わず笑ってしまった。

『ははは、安いといっても食べていくには困らないはずだよ。それに共働きなんだし、君の旦那さんは実は結構、お金持ちだ。何といっても『伝説の傭兵』だからね。質素なフリして、本当はかなり貯めこんでるんだ』

「えぇ? そうなのか!? てっきりビンボーなんだと……」

「……っ、お前、どこで調べた!?」

『僕に隠し事が出来ると思うかい?』

 実はカマをかけただけだったんだけど、どうやら図星だったようだ。彼のプライバシーだから詳しく調べてはいないけど、あちこちにあるスネークの偽名口座には、毎月どこからか入金があるのは知っている。多分どこかに蓄えをまとめてあって、そこから定期的に当座の生活費を入金しているはずだ。

『じゃあ雷電、一応オペレーターなんだから、これからはデスクワークもちゃんと覚える様にね。わかった?』

「ああ、すぐにでも勉強する! よければ今からでもそっちに行って……」

 バタバタと今にも飛び出しそうな雷電に思わず苦笑する。本当に、いつでも一生懸命で放っておけない。

『そんなに急がなくていいよ。顔の腫れが引いてから、スネークと一緒に出勤すればいい。しばらくは研修ってことで、手続しておくよ。あぁ、ジェシーもね、小さいけど一応、保育室もあるから』

「オタコン……アンタってホント、いい奴だなぁ」

「……恐ろしい奴だと思うがな……」

 瞳をうるうるさせて感謝の表情を浮かべる雷電の後ろで、スネークがぼそりと呟くのが聞こえた。僕はカメラに向かってにっこりと笑いかけた。

『いいんだよ、雷電。ユア・ウェルカムさ。次からは先に僕に相談するといいよ。美人が台無しになる前に、スネークの攻略法を教えてあげるからね。……ところでスネーク、何か言ったかい?』

「いいや。何でもない」

『じゃあ、そういうことで。ちゃんと雷電の看病してあげてくれよ。君は出勤してもどうせ訓練だけなんだし、2、3日休んでいいから』

「俺の方が重症だってのに……」

 タバコを灰皿代わりの粉ミルクの空き缶(何だか、微笑ましい。以前は大抵、ビールの缶だった)に放り込みながらブツブツ言っている。

『スネーク?』

「わかった、わかった。せいぜいご機嫌をとるさ」

 まったく、一体どっちの味方なんだ。笑いを噛み殺している雷電からジェシーを手渡されて、まだ文句を垂れているスネークに釘を刺す。

『ス・ネ・ー・ク?』

「ああ、もう、何でもない!」

『じゃあ、よろしく頼んだよ。……それから』

「まだ何かあるのか?」

 赤ん坊をゆるゆると揺すっていたスネークが、うんざりしたように振り返る。

『……僕は君達、二人の味方だよ』

 それだけ言って僕は通信を切り、今度は本当に溜息をついた。

 そう、僕は二人の味方だ。それ以上にはなれない。

 この胸に感じる小さな痛みは、嫉妬だろうか。

 どっちに対して?

 スネークに大切にされている雷電?

 雷電に一途に想われているスネーク?

 わからない。

「わからないけど……妬けるのも、放っておけないのも確かなんだよなぁ」

 自分自身に言い聞かせるように、わざと大きな声で一人ごちてみる。防弾ガラス越しに見える空は腹立たしいほど青く、澄み渡っていた。

 

 

 

 

 

何だか、オタコンが切ないだけの話になってしまいました。前回のローズとの離婚(やっぱり後腐れは無くしておかんとね!)で雷電が無一文になっちゃたので、「白い悪魔が専業主婦になっちゃうのもなんだかなぁ。でも仕事するなら絶対スネークと一緒がいいよね〜♪」と思っただけなんですが。スネークは反対するだろ〜な〜、でも二人ともガンコだから喧嘩になりそうだし〜、雷電は頭悪いから口ではスネークに勝てないよな〜、そうなると説得役はオタコンよね〜とか考えてたらこうなってしまいました。ごめんね、オタコン。きっとその内、イイ女が現れるよ。アンタ、スネークとは別の意味でイイ男だもん。

ところでほんとは傭兵さんって、たいして儲かる商売じゃないらしいです。まあスネークは『伝説の傭兵』なので、報酬は特Aクラスってことにしといてください(^^;)。

 

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